A記者の手法には”うんざり”
私たち「網走の未来を考える会」は、地元紙「網走タイムズ」の主力記者 A氏のワンサイドな取材と原稿の書き方を強く非難します。
このサイト「ホントノコト」に掲載した記事「不思議な地元紙 Part1」でも書きましたが、網走市議会の前議長・平賀氏と彼が所属する会派 民主市民ネットに対しての問責決議の発端は、「網走の未来を考える会」代表の半澤氏が網走市議に宛てた「手紙」であります。
問責決議案の可決については、道新が”議会記事”の仕立てで、淡々と報じていました。一方、地元紙「網走タイムズ」は、連載「上」「下」による、企画・調査記事の”ような”大型記事を掲載しました。この連載記事を書いたのは、私たちが強く非難しているA記者であります。

A記者が書いた連載「上」「下」の内容は、全くの取材不足。その根拠の一つに、A氏は”張本人”の半澤氏に一切取材せず、平賀氏や民主市民ネットだけからの情報を基にしていると思われるような連載記事を書いております。
A記者の書いた連載記事「上」「下」の問題点はたくさんあります。その一つ一つをここで指摘しても、読者の皆様はつまらないと思いますので、A記者の問題点を要約すると、以下のようになります。
①社会的な問題と”個人的な問題(主張)”を混同する
②自分の考えを主張したいがために”誰かの発言”を利用する。その発言主が誰なのかはいつも不明のまま
③苦手な人、嫌いな人には絶対に取材しない。”聞きやすい”人からだけ情報を得る
私たち「網走の未来を考える会」は、網走タイムズ社のA記者の手法を研究し尽くしており、彼のやり方は熟知しているつもりです。
A記者に言いたい。「私たちは、あなたの手法にはもう、うんざりだ」、と。
私たちは怒っている
A記者による、連載記事「上」と「下」。(記事に興味のある方は、網走市立図書館で閲覧できます)
連載「下」にも不思議な記述がたくさんありました。例えば..
今回の問責決議の直前に自らの意思で解散した会派・民主市民ネットについて、A記者は次のような原稿を書いています。
「会派を解散させるまで追い込む必要があっったのか」という市民もいる。


この発言をした『市民』とは誰なのか?
A記者の書いた、連載「下」では、この市民がどのような人物なのかは一切説明がありません。
A記者の記事の大半はいつも、このような手法です。
取材に応じてくれた人物の存在について、彼は記事中で明らかにすることはまず、ない。つまり、彼の原稿に出てる、「〜と市民が言っていた」との「市民」は、ひょっとするとA記者の”ココロの声”なのかもしれませんj。
サイト「ホントノコト」に掲載した、「地元紙の不思議 Part1」を読んでくれた市民から寄せれらたA記者に関する貴重な情報を紹介します。
市民Aさん(男性50代)=「A記者は以前、中学生のいじめ問題の記事で、いじめ問題が起きた学校名を記事に書いた。市教委や議会、他のマスコミも学校名を伏せた状態にしていたにもかかわらず、A記者の網走タイムズ社は”実名”を書いた記事を掲載した。当時の関係者はA記者に抗議文を提出したが、彼からの返答は『事実を書いたまで』と素っ気ないものでした」
ホントのことを伝えて
A記者が読者から抗議を受けた時、よく口にする言葉があるようです。
「事実を書いたまで」
この言葉を一般市民に発した途端、議論はジ・エンドである。
A記者が言う「事実」とは、「自分や仲の良い権力者らにとって都合のいい事実」で、彼らにとって都合の悪い事実は原稿に書かないだけである。(実際、A記者はごみ処理業者のプロポーザル問題、市長交際費問題などは一切、記事化していない。たぶん、水谷市長への忖度であろう)
自分に都合の良い事実だけを書くーという思考は、ジャーナリズムの基本思考と真逆であります。A記者のジャーナリズムとしての理念を聞いてみたいものです。
最後に。
A記者はその昔、私たち「ー考える会」代表の半澤氏からキツく忠告されたことがあります。以来、A記者は半澤氏との接点を避けているようで、2人の交流は一切ない状態が続いております。
A記者は今回の連載「上」「下」を書き上げる際も、半澤氏に取材をしておりません。
こうした、A記者の行動から推測すると、A記者は網走タイムズの連載記事を通じて、平賀氏と民主市民ネットをかばいたかったーと思わざるを得ないですね。
A記者から、私たちへの”反論”をお待ちしております。



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