3月1日は道立高校の卒業式でした。網走市内には道立高校が「桂陽高校」と「南カ丘高校」の2校あります。今年の卒業式には、南高の卒業式のみに水谷市長と木野村・市教委育長がそろって来賓として出席しました。一方、桂陽高校には、水谷市長と木野村教育長は出席しませんでした。「なんで?」ー。この”異常事態”に、桂陽高の生徒Aさんは「差別を感じました」とポツリ。皆さん、どう思います?


トップの浅はかな判断
私たち「網走の未来を考える会」は、南高”の卒業式だけ”に、網走市政トップの水谷市長、教育行政トップの木野村教育長がそろって出席し、桂陽高には顔も出さなかったことに怒っています。
水谷市長、木野村教育長のお二人はなぜ、そのような行動に出たのでしょうか?
例えば、桂陽高の卒業式には水谷市長、南高には木野村教育長が出席するーという調整はできなかったのでしょうか?
網走市政のトップ、網走市の教育行政のトップの判断は誤っていると思います。
桂陽高、南高に通う高校生は全員、「網走の高校生」ではないのでしょうか?
今回の”異常事態”について、桂陽高校の卒業生Aさんは「水谷市長は南高のほうが大事なんだと感じました。『私たちは差別されている』と感じました」と、小さな声で話していました。
トップの”軽さ”
木野村教育長に、今回の行動について見解を聞いてみました。以下の通りです。
木野村教育長「南高の卒業式に出席したのは、案内状が届いたタイミングが南高のほうが早かったから。また、南高の校長が今年度で異動する時期だと思い、今回は南高の卒業式に出席することにしました。桂陽高の卒業式は来年、出席するつもりでした」
木野村教育長に対し、「水谷市長とそろって出席するのはいかがなものか。桂陽高の生徒は『差別されたと感じる』と言っている。こうした高校生の意見に対して、あなたはどう思うか?」と問いかけました。木野村教育長の回答は以下の通りです。
木野村教育長「そうした考えもあるのかな、と思います」
網走市の教育行政のトップである木野村氏の回答には、危うい”軽さ”を感じます。
「いじめは許さない」は嘘っぱち

網走市教委は、「いじめは許さない」と口癖のように言っています。
本当でしょうか?
木野村教育長の今回の行動、取材に対する”軽い”回答を踏まえると、事の重大さを自覚できていないように感じます。
桂陽高の卒業生Aさんは「差別を感じる」と言い、卒業生Bさんは「卒業式のあと、南高に通っていた中学時代の友人の保護者さんが『南高の卒業式には水谷市長が来てくれたの』と自慢げに話していました。イラッとしました」と話していました。
私たち「ー未来を考える会」の見解は以下の通りです。
網走市政のトップ、網走の教育行政のトップが自ら『差別を生む状況を作り出している』ことに強い危機感を抱く。2人のトップが、こうした浅はかな行動をしてしまう網走市において、いじめがなくなるはずはない。いじめの根源は差別である。水谷市長、木野村教育長には事の重大さを認識してほしい
地元の高校教諭も怒っています
南高の卒業式のみに出席した、水谷市長と木野村教育長。
「桂陽高は無視された」と思われても仕方がない、お二人の軽はずみで配慮に欠いた行動。
今回の”異常事態”に対しては、生徒や保護者をはじめ、地元の高校教諭も怒り、また理解に苦しんでいます。
後日の「ホントノコト」では、地元高校教諭の意見、木野村教育長の考えなどをお伝えします。
皆様のご意見をお待ちしています。


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